2011年01月20日

ザ・ミャンマー料理!

 

えーと・・・
これは何かといいますと
ミャンマー料理です。

正しくは『シャン料理』。
ミャンマーにいくつもいる少数民族のうちシャン族という民族の料理。日本には今はここぐらいしかないのかな?

行きつけのこのお店は高田馬場にある「ノンインレー」というところで、インレー湖という意味。
シャン料理には日本のとよく似た高菜がある。あとは写真のシャンヌードルと揚げ豆腐の組み合わせがほんっとーーーーーにウマい!
この揚げ豆腐はただの揚げた豆腐じゃないよ♪
食べてみたい人は今度一緒にいきましょ(^^)ノ


過去の日記
・・・『こんなんありますミャンマー食』

・・・『ミャンマーのシャン豆腐』
ラベル:美味
posted by しょうこ at 22:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 懐かしの国☆ミャンマー編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月28日

スーチーさんどうなることやら・・・

これは・・・ 

ザクロです!

今が時期なのかな?!9月あたりからずっとよく見かける果物。私はウルムチに来て初めて口にしたんだけど、とても酸っぱいし食べづらいしで微妙な印象。でもこのどぎつい赤が結構好き。写真だと赤黒いけど、もっと透き通った『ルビー』のような色。果物の自然な色だからキレイだよなぁ。

で、ルビーの原産地の一つ、ミャンマーの話題。

ミャンマーの軍政が11月にスーチーさんの軟禁を解くというお話。
読売新聞の記事参照


久々の、しかも珍しい発表に昼間ぼーっとしてたけど、目が覚めた。軍政は今度の11月に約20年ぶりの選挙を実施する。スーチーさんの解放は面倒が起きないように選挙後になっている。
まぁそうだろうな・・。
選挙だってやってもやらなくても同じ
他国では考えられないような、不正ありまくりの選挙なんだから!今回も不正なしでは選挙は進まないでしょう
軍政は民主化への移行を謳っているようだけど、それは形だけで実はジワジワと民主団体を縛り付けていくものらしい。

スーチーさんも気付けば今年65歳という記事を目にした。あ〜もうそんな歳になるんだぁ。これからミャンマーはどうなっていくかな。

アウンサンスーチーさんはノーベル平和賞を受賞していて国際的にも有名だけど、自宅軟禁が解かれて仮にも(ホントに仮にも・・)政権を取れたとしてもミャンマーという国を治めるのはそう簡単ではないと思う。変な話、今の圧力たっぷりの軍政だから内戦などが起きずにいることも確か。多民族国家はやっぱりそういう傾向なのかな、と思う。

今居る中国もまさにそう

本当の民主化へと進むのか、このまま浮いたり沈んだりするのか・・気になるとこですな。

というか、気がついたらまた軍政が難くせつけてスーチーさんを軟禁、、、
ありえまっせ!!!
はぁ〜(− 。-)=33 まったく。。。

ラベル:スーチー
posted by しょうこ at 20:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 懐かしの国☆ミャンマー編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月11日

ミャンマーの仏教遺跡バガンの風景

うひょーウルムチは寒い!
昨日はしばらくぶりにスミヘイが休みだったので、市街地へ防寒着探しに出かけた。けど、なかなか無いっ!!!高いっ!!!安いのは質が悪いし。
こっちは思ったより高いってのが私らの印象。

ユニクロは無いのかぇわしゃユニクロでえぇんじゃー。

ということで、久々に暖かいミャンマーネタ。


乾期(10〜2月)がヨシ


世界三大仏教遺跡というのがあって、

@カンボジア=アンコール・ワット
Aインドネシア=ボロブドゥール
Bミャンマー=バガン

と、意外にもミャンマーがランクインしています。他の2つに比べてあまり知名度が低いと思うのは私だけ???

バガンはミャンマーの中央に位置するマンダレー管区にある。世界各地から遺跡見たさに外人も多く来る。私は仲間といつもヤンゴンからバスで向かった。所要時間は約18時間。暑いミャンマーとは言え、バスに乗るときは長袖必須!ここは冷蔵庫?ってぐらい、みなさん車内をガンガンに冷やす。クーラー強すぎ!って思っても止められないし、窓を開けようもんなら何か言われます。間違いなく。
バスが路上で故障することもしばしばで、そうなるといつ着くのやら〜って感じ。(一度、すごい衝撃と共にバスが止まったことが外に出て見るとタイヤの表面がベローン。やばくない?
ミャンマーを走っているのは8割が日本の中古車!なんか通り行く車を見ていると「おぉー頑張ってる頑張ってる」と思う。

で、バガンに着いたらそこはもう遺跡の大地。


とにかくたくさんのパゴダ(仏塔)があって、どれも微妙に形が違うし、中にいる仏像の顔は愛嬌があってこれまた面白い。自転車で気ままに遺跡をまわるのが私は大好きでした♪


これはアーナンダ寺院の仏像。
いつも「草野さん(仁くん人形の)」と呼んで拝んでいましたが・・・似てない!?











アーナンダ寺院はバガンで最も美しい形をした寺院と言われている。ジモティーもイチオシのパゴダだ。

この写真からは分かりづらいが・・


ダマヤンヂー寺院
なんだか規則的な形の整った寺院で、中は暗い。ここは夜、幽霊が出るとかって噂のところ。(悲しい言い伝えでもあったっけか?)

でも周りにあまりパゴダが無く、ひっそりと佇んでいるさまが私は好き。



タビニュー寺院の仏像(た、たぶん)。

どうした、その腹!&ズボン?!

ウケる・・・







乾いた大地でもお花がきれい!




洞窟みたいになっている。
寺院ではもちろん裸足。





   

チャリでシュエサンドーパゴダへ向かう
ここはバガンの中では夕日を眺める絶好のスポット!夕方には多くの人が上りにくる。外観は見事な5層のテラス。どの階で見てもヨシ夕日だけでなく、朝日もとてもキレイ。そして林立する大小様々なパゴダを一望したらもう言葉が出ないかも・・・

どこでも結構見かけるけど、ポストカードやらを売る子ども。
左の子はバガンで知り合ったミンミンソーという青年の妹でチェリー。小さいのにませた子で、商売上手。そのお姉さんたちはかなり強引だからこの子もそうなるのかな・・!?もう大分大きくなっているだろうな。
じゃれていると普通の可愛い子なんだけど、外人を見るや、目が変わる


私はちと高所恐怖症入っているので、このシュエサンドーを下りる時がかなり怖いっ!写真こそ無いけど、ちょっと目がくらんだら何十メートルも下にまっさかさま間違いなし。
欧米のすんごい太ったおばさまが自分の上の方から下りて来るのが見えたら

かなり恐怖!失礼ながら。



お金がある人はバガンで気球遊覧なんてのもいいかもね♪

これも私は怖いからパス。




いつぞやに偶然、バガンでお祭りを見た。何かよく知らないけど、人形をわっしょいわっしょいやっていた。










写真では9月になっているなぁ。なんのお祭りだろうか。



名も無き(や、あるのかも?)パゴダ。
バガンには2000以上のパゴダがあるというから、名前が無いのも1つや2つあるでしょう。
ここを管理しているのが、ミンミンソー一家。
私たちがミャンマーにNGO活動で行って、バガンに立ち寄る度に会った。連絡先も知らない、住所も『〇〇パゴダ横』とかいうあやふやなもん。でも、シュエサンドーに行ったら会えたり、サイクリング中に「あれ?」ってこともあった。

ちなみに写真上後ろ向きがミンミンで、下がその義理の兄。
おうちはバナナの葉っぱを屋根に敷き詰めた自作で、7人兄弟(確かそんぐらい)と親、義理兄と大勢で住んでいた。

腹出てるよ・・・

ミャンマーには噛みタバコというのがあって、クチャクチャ口の中で味わって最後「カーッペ!」と捨てるタバコがある。噛む人は成分のせいで口の中がお歯黒ならぬお歯赤?!みたいに真っ赤に・・・。初めてミャンマーの道を見た人は「あちこちに血が!!!」と驚くかもね
ミンミンはいつも真っ赤で、噛みタバコくさかった。

義理兄の息子たち。
頭とお目めがまんまるくてかわい〜のさ 
一家が管理しているパゴダを探して、「確かこの辺だったよね〜?」と言っていたら発見!
持ってきたシャボン玉をあげた。

お兄ちゃんが吹いて、弟がキャッキャと追いかける。

そうそう、バガンにはタクシーでちょっと行ったところにMt.Popa(タウン・カラッ)というお山があります。

ポッパ山
ドラゴンボールに出てきそうな
ちゃんと登れます。
何もそんな所に作らなくても・・・って感じだよね。でもミャンマーってそんなのばっかり。

なぜこんな所に?!
なぜそんなに光ってる!?(仏陀の後ろは電飾ギラギラ
は、なにこれ?!
なんか適当だな・・もういいや

そんなこと日常茶飯事です。

で、ポッパは土着信仰である『ナッ神』の聖地。ナッ神については→こちら
中にはタバコをくわえた北野武みたいな神様の像もいてなかなか面白い。

ぜーぜー言いながらひたすら階段を上って頂上を目指す。気になって調べたけど、700段とか。途中野生のサルなどが出て若干怖いウキィ~


        

夕暮れ時(いや、この方角だと朝日だったような気がしてきました!)、シュエサンドーパゴダからの眺め。
のんびりした時間が流れる。

他にもオススメのパゴダや寺院はたくさんある。
最後に行ってから何年も経ったせいか、これはなんていうパゴダだっけ?ということも。形が少しずつ違うけど、やはり似たものも多い。けど飽きないんだよなぁ。


        

posted by しょうこ at 17:54| Comment(2) | TrackBack(0) | 懐かしの国☆ミャンマー編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月24日

JUNKO Associationという活動

私はビルキチです。
あ、ビルマ気ちがいの略ね。もっとすごいそれ以上の人たちもいるけど。
ベトナムも好きだし、ミャンマーはも〜っと好き。

私は大学で経済を専攻していたけど、それはそれは難しくて・・・
なんで自分がその道に進んでしまったのかを恨むほど(お父、お母ごめん)試験前になると勉強できそうな真面目な男子をみんなでつかまえて「ノート見せて〜」だの「ここ教えて〜」だのせがんでなんとか単位を取ってたような。
みんなのおかげで私は大学卒業できましたイェィ  大学行ってまで数学やるなんて思わなかったよぉ〜

それ(学業)以上に私が大事にした活動はサークル。
大学で勉強じゃなくてサークル?と思われても仕方ありませんが。
サークルといっても学生主体のNPO法人(当時は法人ではなくNGO団体でした)で、軽い遊びのノリのものではなく、いろんな外の団体とも繋がるし海外に行くしでお金もかかる。マイペースな私も、自分は人からどう見られてどう動くべきか、自分に何ができるかっていうのをとても考えさせられた4年間だった。

JUNKO Associationという学生主体のNPO法人がある。ベトナムとミャンマーを活動拠点とし、子どもの教育支援(助成金支給)や異文化交流、また現地の雑貨買い付けをし日本での紹介・販売を行っている。私はミャンマープロジェクトというグループに所属していて、学生時代にはミャンマーに4回訪れた。

軍事政権
スーチーさん
暴動、デモ・・・

当時も今と変わらず政情は不安定でイメージはあまりよくなかった。なんとか両親を説得して行かせてもらいました。

元首都ヤンゴンから車で4時間ほどのバゴー管区・レパダンが活動の中心。そこにある小学校の校舎修復から交流が始まり、鎖国状態に近いミャンマーに異文化というものを見せてほしいという現地の要望(この学校の卒業生であるティン・マ・ウー氏ら)により私たちの活動が行われた。


学校は1つの大きな吹き抜けの建物に、何学年もが合わさって授業を行っていた。老朽化も進んでいたので校舎の建て替えが行われることに。
雨が降った後のビチャビチャのグラウンド脇でも子どもたちは元気にサッカー


完成した校舎。
下が幾つかの教室、上が1つの大きなホールになっている。
とても立派!!

ミャンマーというお国柄、工事は遅れに遅れ、費用もかさみ、本当に終わるのか?という中、無事完成した。











軍事政権下・・というのが厄介で、外人は容易くミャンマーという国に介入できない。それは教育という分野になれば尚更。(言ってしまえば北朝鮮に酷似しているね)どんな交流をしようか日本で話し合いを重ねるわけですが、それは最終的にミャンマー政府のOKが出ないと実行されないというもの。
政治に関する内容はNG、また危険因子となりうる思想を与えるのもタメ。
政府がGOサインを出せるようなギリギリなところを、そして子どもたちにとって楽しくていい刺激になるような新たな交流を考えるのはとても難しい。もっとも、彼らにとっては私たちが来ること自体が非日常だったけれど。

ミャンマーでは緑が学問の色。ロンジーという巻きスカートの民族衣装は先生も子どもも緑。

『こんなんありますミャンマー食』でも書いたんだけど、ミャンマーには政府の発表で135の少数民族がいる。子どもたちがその格好をして踊ってくれた。中央にいるピンクの女の子(ペアの男の子が見えないね)がミャンマーで7割を占めるビルマ族。

『じゃんけん』を紹介した後、じゃんけん列車で遊んでみた。












白玉粉で餅を作って「海苔巻き醤油」と「きな粉」を配った。すると面白い反応が・・・
醤油のにおいをかいだ子たちが次々とすごい顔をお口に合わなかったみたい






いい笑顔。




願い事を書いてみんなの手作り鯉のぼりの完成。


画像悪すぎだね・・・。
ミャンマーの女の人や子どもは頬や顔全体に『タナカ』という白いものを塗る。

田中?
いや、タナカです。

その正体はタナカという木で、それを水と一緒に写真のような石の台でこすって練り状のタナカを作る。それを皮膚に塗るのだ。効能としては日焼け止めと言われたり、クールダウンの為だったり、単におしゃれだったり。
ほっぺに葉っぱの絵柄のタナカ少年を見たら思わず「かわいぃ〜」って思っちゃう!
日本で言う昔のおしろいでしょうか。二カッと笑ったらボロボロ落ちそうな・・・。

ミャンマーには外国人立ち入り禁止地区があって、そうでない所でも政府が認めた宿でないと外人は泊まれない。レパダンは小さな村で、そういった宿は無いのでいつもホームステイでお世話になっていた

元気かな〜。

最近結婚したシュエ・ジン・テ。幸せに暮らしてるかしら・・・。





いつも盛大なお料理でもてなしてくれた。
かなりの負担だったと思うのですが・・・ありがたく思いつつ遠慮無しにバクバク食べていた私たちケヘッ










鶏の中にもち米が入った料理。
右はもち米を使った甘いお菓子。

これは交流の中で子どもたちが私たちに見せてくれた。
竹筒にもち米を入れて火で炊く。それが出来上がったものを、ホームステイ先の食卓に出してくれた。



毎回行ったら新たな発見があって、でも変わらないものもあってとても大好きな所。子どもたちにとって私たちは一つの刺激になったかな?あ、変な人たちがきたー!でもいい。私たちも笑顔からたくさんもらったものはある。

一人可愛い男の子が近寄ってきて、「将来日本語を勉強して日本に行きたい。」と言ってくれた子がいた。

私は・・・ミャンマー語は難しくて書けないよ?
こんな〇ばっかの文字、どうなってんの?!?



でもすごく嬉しかった。

今でも学生による交流活動は続いている。
近年ミャンマーで起こったデモによって日本人の方が亡くなったり、サイクロンがあったりで混乱は続いている中、現地に行けない時期もあったらしいけど、これからも団体としていい関係を築いていけたらいいな。

すごく長い日記になっちゃった・・・。
書ききれないほどいろんなことがありました。
最近は真面目にミャンマーと向き合えてないけど、また行きたいよ〜

NPO法人 JUNKO Associationについてはこちら

ブモォ〜ただ今牛車で爆走中!!!!

ラベル:JUNKO Association
posted by しょうこ at 19:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 懐かしの国☆ミャンマー編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ゴールデン・ロック☆

暑い。
昨日は37℃まで上がって熱風がすごかった。私はそんな中意気込んで走り込むつもりだったんだけど、見事に計画倒れ。まったりお部屋で過ごしていたのでそんな暑さも知らず・・・
今日はちょっと体調悪しで、スーパーにビールとにんにくを買いに行く用事ぐらいしかない。それも最悪行かなくてもいいか・・・。

部屋に籠もってるのでまたミャンマーネタでも。。。

カワイ子ちゃん。下には父ちゃんが・・・
(本文とは関係ないヨ)

      MyanmarMon.png(『モン州‐Wikipedia』より)

元首都のヤンゴンから車で5時間はかかったような。
ミャンマーの南部にあるモン州にチャイティーヨーパゴダという有名なパゴダがある。通称『ゴールデンロックパゴダ』。地球の歩き方でその写真を見たときは思わずぞくっとした

それがコレ↓↓↓

        

なんじゃこりゃでしょ。
本物か?と疑うほどの金ピカ。
どうしてこんな状態に?
なんで落ちないの?!
ミャンマーには珍なものがいっぱいある。でも敬虔な仏教徒であるミャンマーの人にはそれは聖なるものの一つに過ぎない。それがまた魅力ですね。

チャイティーヨーパゴダは近づくと意外に大きい。そして女性は岩に触れてはいけない。金箔を貼ったり拝んだりできるのは男性だけだ。ちぇっ
私たちが現地でお世話になっていたティン・マ・ウーさんは実業家で偉い方なのだが、その方が真面目な顔で語ってくれたのは、こゆこと。
「このパゴダは昔空から降ってきました。人々はこの岩を崇め、頂上部には仏陀の聖髪が納められています。その為この岩は落ちることはありません。」
・・・・・・・
お。おぉ、そうか。
えーと空から?まじで?
聖髪パワーで人々が揺らしてもこの岩は転げ落ちることがないのですね。

若干たじろぎながらも、その言い伝えを認めるしかない。なんたる珍世界
実際ティン・マ・ウーさんは岩を揺らして見せてくれた。
揺れる、揺れる!!!!!
岩の間には竹串に挟んだお札が挟み込まれていて、岩が揺れるたびに竹串がしなる。岩は土台に本当に乗っていて何点かで支えられているだけ。
これ、誰か落としたら処刑モノでしょ?!


『月とゴールデンロック』

夜になっても参拝者は絶えない。
ミャンマーの仏教徒にとってここは生涯に一度は来たい聖地。

麓のキンプンというところからは、政府公認の専用トラックバスに乗って中間地点まで登る。文字通り、トラックの荷台に長椅子が何列かあるだけの乗り物なので、それで急な坂道をぐんぐん登られるとかなり怖いしきつい!背もたれがないから腹筋いりまっすみんなキャーキャー言ってるし、すぐ横は崖だし・・・。写真取れなかったのが残念。

20分ほど乗って着いた地点からは徒歩で4、50分頂上目指して登りますよ〜!これがゆるやかできついんだけど、人間ウォッチングしながら、またおしゃべりしながらなんとか登る。足で登るのがきつい人用に人力お篭もある。
・・・なんか、あの頃私体力あったなぁと思い返す

ミャンマーといえどここは山の中。朝晩はかなり冷え込む。
私たちはチャイトーホテルというわりと大きな宿に泊まった。朝日を浴びた早朝のチャイティーヨーパゴダもいい眺めだった。
帰りはまた車で5、6時間かけてヤンゴンへ戻ったんだけど、私は終始後輩のゆいこと歌ったり変顔大会やったり、やけに元気だったのを覚えてる。何だったんだろうあのハイテンションは。
ゴールデンロックパワーか?

また拝みに行けたら最高ですな

ラベル:パゴダ
posted by しょうこ at 17:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 懐かしの国☆ミャンマー編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする



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